先週1月29日、港区麻布台にある商業界会館にて「ロバート鈴木さんを偲ぶ会」が開催された。
月末と週末の重なった忙しい時期にありながらも、全国からロバート鈴木氏を偲ぶ為に70名を超える流通小売関係者の方々にお集まり頂いた。不肖ながらも小生も発起人として昨年よりこの日の為の準備を続けておりましたが、真に感謝に堪えないことであります。この場を借りて御礼申し上げます。
師との出会いは今から20数年前、サンフランシスコでデザインを学んでいた時だった。
若さと貧乏だけしか取り柄がなかった当時ではあったが、そんな私を弟のように可愛がってくれ、自宅や洒落たレストラン、はたまた夜の盛り場などへよく連れて行ってくれたことがつい昨日のことのように思い出される。
その頃の師も、当地サンフランシスコにてアメリカ流通業界のコンサルタントとして、また研修視察セミナーツアーのコーディネーターとしての仕事を初めて間もない時でもあった。そんな彼の影響を受けて好奇心旺盛な私も、アメリカの流通や小売の前線で垣間みるダイナミズムに惹かれ、いつしか師の腰巾着、いやそれこそ金魚の糞のように機会があれば引っ付き回っていた時期がある。必死になって師から多くを盗み得ようとするが為にそうなってしまったのだが、師の読むもの食べるもの聞くもの着るもの全てを真似するほどに影響を受けた存在であった。
まさに師の存在は、私にとって全てをコピーしたくなるほどにカッコイイ兄貴であり、自分もこのように生きてみたいと思える憧れの存在であり、知識を与えてくれる先生でもあった。
あれから二十数年。その関係構図はあまり変化することなく至っていた。
師は60を目前に、私は40を幾つか超えた今日でも、自分もあんな60になりたいなと思えるカッコイイ兄貴のままであった。
「次の夏は、お互い家族全員揃ってヨセミテへキャンプへ行こう」
それが師が去年の夏、私に残した最後の提案だった。
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その後数日どう過ごしたのかほとんど記憶にない。気がついたらロスアンゼルスの葬儀会場で、冷たくなった師と対面していた。
あれから三ヶ月。
偲ぶ会の開催は、私なりの心の整理がようやくついたタイミングになったように思う。いささか言葉は悪いが、師に任された最後の仕事を片付けたような心境でもある。
本来は、今年からスタート予定だったある事業プランがあった。ある意味、師のこれまでの集大成でもあり、新たなスタートになるはずでもあった。
この計画も、私なりに整理を付けたいと考えている。
私の為にも師の為にも●
