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IKEA SENDAI | 2012/05/15

選手交代でblog担当になりました、designerの斉藤です。Privateな話題ばかりになりそうですが、のんびり書き進めていきますのでよろしくお願いします。

 

仙台市内に本来の3~4万平米規模の店舗を計画中であることをIKEAが発表しましたが、
http://www.asahi.com/business/update/0307/TKY201203070525.html
既にOpenしている、ミニショップのあまりの小ささにがっかりした方も多かったはず。
かくいう私もがっかりしたそのうちの1人。
ところが、Openして一週間ぐらいはレジ待ち1時間だったそうで、復興需要の獲得の目的だったIKEAにしたら仙台は「当たり」場所だったのでしょうか?だから、大規模店舗として進出が決定したわけですが…。

それで、気になるのは立地場所。高速IC近隣・4~6万平米(購入前提)となると、田舎仙台といえども場所はそれなりに限られてきそうです。弊社近くには来そうな気配はなし…。

IKEAカフェに行った方はご存知かと思いますが、ホットドックとコーヒー飲み放題150円。
しかも、Wi-Fi接続FREE。パソコンがあったら一日中そこで仕事ができるかもしれない私的には気になるカフェ。
雇用創出の観点からも歓迎すべきIKEA仙台への進出。近場ならば、私用目的にも歓迎です。


映画「苦い密」がいよいよ全国ロードショー | 2010/03/19

昨年春に仙台にて撮影した劇場映画「苦い密 〜消えたレコード〜」が来月よりいよいよ全国ロードショーが開始となる。

待ちらに待った公開である。

今回、協力プロデューサーとして映画にはじめて携わるチャンスを得られたことは、とても刺激的で色んな発見を手にすることができた貴重な経験となった。

この映画は、監督の亀田幸則氏が自ら原作脚本を書いた作品で、これまで演劇作品としてステージで上演されてきた作品を映画化したものである。

まさにこの映画も、まるで演劇をそのまま他角度から同時撮影したような印象を与える作品となっている。

派手なアクションも濡れ場もないストーリーであるが、その代わり役者の演技力をストレートに味わうことができる小細工なしの作品でもある。個性的な豪華キャスト陣は、それぞれが強い味わいを醸し出している。きっと観られた方には印象に残る映画となることであろう●

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http://www.nigaimitsu.com/


所変われば品変わる | 2010/02/11

それぞれの地方、それぞれの国には独特の文化や風習があるものだが、物の価値やスタイルまでも独自の進化?をするようである。

画像の一品は、サンフランシスコの日本人街で発見した「ざるマグロ(別名鉄火そば)」である。

メニューケースに並ぶこのモノに出くわした時は、そばにマグロを乗せてきたかーっ!という驚きと感動にしばし立ちすくんでしまった。日本で生まれ育った我々にはできない発想である。考えてみれば、現地の寿司も今では「shushi」となり、独自の進化を遂げ続けている。それを思えば、そばやうどんが我々が抱く常識を打ち破り、新たな領域へと進化していく姿は何ら不思議の無いことである。

店としてもマグロの切身が乗っかるだけで、ただの盛りそばの値段が倍付けできることを考えれば、結構割りの良いメニューなのかもしれない。

この出会いには感動したが、決して口にしようとする勇気までは湧いてこなかったが・・・●


鮨処 榎本 | 2010/02/06

都内滞在中、仕事帰りにチラっと暖簾の奥を覗き、他に客が居ないとついつい入ってしまう近所のお寿司屋さんがこの「榎本」。

空いてる時を狙うのは、ダラダラ遠慮なく過ごすのが狙い。その間馬鹿話に花が咲く。

気さくで陽気な大将は、北海道出身のこの道四十年以上のベテラン。スウィングジャズをBGMに、芸能から政治まで独断と偏見に満ちた旨味ある話題に事欠かない。これがまた酒に合う。

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飲んで食って15,000円で釣りが来る程度。昼は赤字覚悟のお得なメニューも用意。

最近は、めっきり接待利用が減ったとのこと。ご近所の方は狙い時かも●


師を偲ぶ | 2010/01/31

先週1月29日、港区麻布台にある商業界会館にて「ロバート鈴木さんを偲ぶ会」が開催された。

月末と週末の重なった忙しい時期にありながらも、全国からロバート鈴木氏を偲ぶ為に70名を超える流通小売関係者の方々にお集まり頂いた。不肖ながらも小生も発起人として昨年よりこの日の為の準備を続けておりましたが、真に感謝に堪えないことであります。この場を借りて御礼申し上げます。

師との出会いは今から20数年前、サンフランシスコでデザインを学んでいた時だった。

若さと貧乏だけしか取り柄がなかった当時ではあったが、そんな私を弟のように可愛がってくれ、自宅や洒落たレストラン、はたまた夜の盛り場などへよく連れて行ってくれたことがつい昨日のことのように思い出される。

その頃の師も、当地サンフランシスコにてアメリカ流通業界のコンサルタントとして、また研修視察セミナーツアーのコーディネーターとしての仕事を初めて間もない時でもあった。そんな彼の影響を受けて好奇心旺盛な私も、アメリカの流通や小売の前線で垣間みるダイナミズムに惹かれ、いつしか師の腰巾着、いやそれこそ金魚の糞のように機会があれば引っ付き回っていた時期がある。必死になって師から多くを盗み得ようとするが為にそうなってしまったのだが、師の読むもの食べるもの聞くもの着るもの全てを真似するほどに影響を受けた存在であった。

まさに師の存在は、私にとって全てをコピーしたくなるほどにカッコイイ兄貴であり、自分もこのように生きてみたいと思える憧れの存在であり、知識を与えてくれる先生でもあった。

あれから二十数年。その関係構図はあまり変化することなく至っていた。

師は60を目前に、私は40を幾つか超えた今日でも、自分もあんな60になりたいなと思えるカッコイイ兄貴のままであった。

「次の夏は、お互い家族全員揃ってヨセミテへキャンプへ行こう」

それが師が去年の夏、私に残した最後の提案だった。

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昨年の10月24日(日本時間)。訃報は突然やってきた。

その後数日どう過ごしたのかほとんど記憶にない。気がついたらロスアンゼルスの葬儀会場で、冷たくなった師と対面していた。

あれから三ヶ月。

偲ぶ会の開催は、私なりの心の整理がようやくついたタイミングになったように思う。いささか言葉は悪いが、師に任された最後の仕事を片付けたような心境でもある。

本来は、今年からスタート予定だったある事業プランがあった。ある意味、師のこれまでの集大成でもあり、新たなスタートになるはずでもあった。

この計画も、私なりに整理を付けたいと考えている。

私の為にも師の為にも●